新聞の投稿欄から
- 公開日
- 2017/11/14
- 更新日
- 2017/11/14
桑野小の今
ある母親の記事が掲載されていました。
【心の痛みを教えてくれた長男】
我が家の長男は、発達に遅れを持っています。その行動にはずいぶん振り回され悩みました。ところが、「好奇心が旺盛なのよ」と、個性を認めつつ指導してくださる幼稚園の先生のおかげで、いくつもの壁を乗り越えながら伸びてきました。
しかし、今、新たな壁に直面しています。小学校入学です。この子の成長をタテに見ていくのなら、今後の伸びも確実です。ところが、就学時健診を乗り越えるには、ヨコに見て、同じ年齢の子と比較して判断しなければなりません。健常児とはちょっと違うなという悲しい判断です。
考えてみるに、なに不自由なく、思い通りに、この年まで生きてこられたわたしと夫です。進学、就職、結婚、全てが順風満帆。世の中の不幸を横目に見てきた私達です。長男の存在は、そんな私達への警告かもしれません。人を思いやる気持ちを忘れてはいないか、やさしい心を忘れてはいないかと。
長男は、「心が痛む」ということが本当にあること、また、真の喜びをも数多く教えてくれました。私達には、天から与えられた試練ですが「やさしい心、いたわりの心を忘れるな」と、小さな全身で私達に訴えてくれているこの子がいる限り、人間としての「心」を忘れないで生きていけそうな気がします。
わたしが以前勤務する学校で、ダウン症の子を持つ母親が、「子どもの将来を考え、通常学級で一緒に教育を受けさせたいのですが・・・」とお子さんを連れて相談に見えました。
迷っている母親は、いろいろな施設を見学したり、何回か話し合いを重ねているうちに、自分の子をヨコの目で見るようになり、特別支援学級を選びました。親として大変つらかったのではないかと、胸中を察しました。そして、「この子がいることによっていろいろなことを教えられ、家の中がかえって明るくなったのです。」という母親の言葉の重みを感じました。