今日は、久留米藩が郡山に到着した日(明治11年11月11日)
- 公開日
- 2013/11/11
- 更新日
- 2013/11/11
行事風景
本日11月11日は、明治11年、安積開拓のために、久留米藩の方々が、遠く九州から郡山市に到着した日です。桜小学校の学区にも、久留米地区があり、多くの児童も、この地区に住んでいます。なぜ、この日だったかというと、一説には、明治11年11月11日という日は、11が3つ揃った日です。なぜ、この日を選んだかというと、「11」は、漢数字では「十一」と書きます。この漢数字を縦に並べた漢字が「士」となります。「士」は、武士やさむらいのことです。刀を鍬(くわ)に持ちかえ、入植をしようとしました。久留米藩の人たちが、135年前、(49309日前)あえて、この日を選んで郡山の地に足を踏み入れた、その気持ちがよく伝わってくるお話です。
<以下、郡山市ウェブサイトより>
安積開拓が取り持つ縁で姉妹都市を提携
明治4年、明治政府の廃藩置県により、多くの武士が失業したことで、政府は、その旧士族救済策として、各地への入植を勧めるようになりました。
明治11年11月、国営安積開墾の第一陣として入植したのが開拓精神豊かな旧久留米藩士でした。安積開拓には、旧久留米藩士族のほかに、8藩の士族が入植しましたが、中でも移住戸数141戸585人と最も多かったのは、久留米藩の士族でした。
入植した藩士は、刀を鍬(くわ)に持ちかえて、血と汗を流しながら安積の大地の開墾をはじめました。今日の郡山市の発展の礎(いしずえ)となった安積開拓は、旧久留米藩士族の筆舌(ひつぜつ)に尽くせぬ努力と開墾者精神が大きな役割を果たしたのです。